空間コンピューティングが示す働き方の未来像

今週アップルから久しぶりに革新的な製品が発表されました。開発が囁かれていたアップルのVRデバイスは、従来のVRゴーグルとは一線を画すまったく新しいコンセプトの製品:visionProでした。
 
これまでのVRゴーグルはゲームや映画などのエンタメ利用が主流であったのに対し、アップルはバーチャルモニタ付きの空間コンピューティングハブとしてvisionProでMR(複合現実)を本格的に日常やビジネスに浸透させる戦略を示しました。5Gの超高速無線通信技術が本格的に普及するとともに、VRAR、MR市場は急拡大すると予想されていますが、これから登場するこの空間コンピューティングデバイスは、私たちの生活や働き方を大きく変える可能性があります。
 

物理モニターが仮想モニターに置きかわる歴史的な転換点

 
最近のVR系デバイスはじょじょに進化してはいたものの、まだまだ未成熟な製品が目立ち、画質がイマイチで、乗りもの酔いのような健康障害が発生しやすいといった問題がありました。それに対し、アップルのVisionProは開発過程で5000件以上の特許を取得するほどの革新的な技術を投入した、従来のVRゴーグルの改良版というよりまったく別物といえそうです。VisionProはキーボード、マウスと無線接続し、バーチャル外部モニターとして使用できます。これにより物理的なデスクトップモニターが不要となり、イスやデスクさえなくても大画面の仮想モニターを何枚も並べた作業が可能になります。
 
もっとも気になるのは、その仮想モニターがちゃんと使い物になるのか?ということですが、VisionProに搭載されている画像素子の解像度は片眼だけでも4Kを超え、両眼で2300万ものピクセル数を備えます。さらに視力補正用レンズもオプションとして用意されています。また、映像信号の遅延を防ぐvisionProの肝となる新開発の「R1チップ」を搭載し、いわゆる「VR酔い」を防ぐなど、没入感や作業効率に影響をおよぼす「見え方」については特に丁寧な対策が講じられているようです。
来年はパーソナルコンピュータが登場して約50年の歴史のなかで、ついに物理モニターが仮想モニターに置きかわる歴史的な転換点になります。
 

あらゆる業界にあたえる働き方への影響

 
ビジネス領域でも大きな変化が起こります。高画質の仮想モニターやオーディオを備えた空間コンピュータは3Dをよりリアルに表現でき、目の前に立体的に表示された現物を、間近で見るように観察できるため、従来のモニターでは絶対に得られない仮想体験ができます。特に、建設、製造、医療、介護、美容、教育など、現場で人間や物質を扱う領域では、実用的なMR(複合現実)はトレーニング、調査、研究、開発や顧客体験の向上において革新をもたらす可能性があります。
 
一方で、物理的なモノを扱わない多くのデスクワークにおいては、リモートワークをさらに加速させるとみられます。MR(複合現実)と超高速無線通信の組み合わせは時間や空間の制約を取りはらうので、高い家賃を払って都心にオフィスを借り、そこに社員が集合して仕事をする意味はほぼなくなります。
また、VisionProには外部環境をモニタリングするカメラが複数搭載されているため、ユーザーはMR(複合現実)をカンタンに記録し再現できます。これにより、MR(複合現実)を取り入れたトレーニングマニュアルや研修教材などの作成が容易になり、未経験者のオンボーディングがより早く効果的に進みます。
 
個々のユーザーが写真や動画を撮るようにMR(複合現実)を手軽に記録生成できるようになれば、他人の体験を自身の体験のように感じ、自身の体験を後からリアルに追体験することも普通になると考えられます。こうした分野では新たなマーケットやビジネスチャンスが次々と発生しそうです。
 

仕事も働き方も劇的に変わる近未来

 
アップルはこれまで自社製品向けにすでに実装してきたOS、チップセット、空間オーディオ、3Dセンシング、AIアシスタントなど、さまざまな技術をVisionProに再統合しながら、その延長ではないまったく新しいデバイスに組み立て直しました。このようなハードウェアとソフトウェア資産の組み合わせにより、想像の一歩先を行くユーザー体験を提案できるのはアップルならではの強みといえますが、MR市場が活性化すれば、当然他の多くの企業が参入してくるでしょう。
 
16年前にiPhoneが登場し、その後人々の生活を一変させたように、次は空間コンピューティングデバイスも同様の変化をもたらす可能性があります。そしてその変化はスマホのそれよりもはるかに早く進むかもしれません。なぜなら今はほとんどの人が高性能コンピュータ(=スマホ)を持っており、有益と認められたものはあっというまにネットを介して拡散する土壌ができているからです。実用的なMR(複合現実)は、どう考えても生活やビジネスを激変させる予感しかせず、数年後にはスマホようにほとんどの人が常に身につけ、手放せなくなるようにも思えます。
今後、超高速無線通信が普及しデータ転送の遅延がなくなれば、仮想空間と現実の境界はますます曖昧となります。多くの人々が仮想空間内で自然にコミュニケーションをとったり、仕事したり、旅行したり、自己実現までするのが当たり前になる時代は、思ったよりも早く訪れるかもしれません。
 
さらには、並行して猛スピードで進行しているAIによる自然言語処理やあらゆるコンテンツの自動生成技術により、これから近い将来に私たちは短い間隔で連続的なイノベーションを目の当たりにすることとなるでしょう。そうなればこれからの数年で、私たちの仕事も働き方も劇的に変わっていくでしょう。
 
未知のウイルスによる突然の変化を全世界が体験したように、これからは短期間にすべてのことが変わっていく前提を受けいれて生きるべき時代だと思います。