はじめに
2024年10月からパートやアルバイトなど、短時間労働者に対する社会保険の適用基準が従業員数100人超から50人超の事業所にさがります。あたらしい基準の対象となる可能性のある事業所には、すでに8月中旬以降に日本年金機構から「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金の適用拡大に関するご案内」という通知が届いているかと思います。今後は9月上旬に「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金の適用拡大に関するお知らせ」、そして該当事業所には、10月上旬に「特定適用事業所該当通知書」が届きます。
人事労務担当の皆さんは、「うちは特定適用事業所にあてはまるのか」「あてはまったらどんな手続きが必要なのか」など、不安や疑問も多いかと思います。そこで、今回は短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大に関連して、よくある疑問にお答えします。
特定適用事業所の判定基準について
特定適用事業所とは、1年のうち6月間以上、適用事業所の厚生年金保険の被保険者の総数が51人以上となることが見込まれる企業等のことですが、この判定を行うルールが法人と個人事業の場合で異なります。
法人事業所の場合
特定適用事業所かどうかを判断する際、法人事業所と個人事業所でルールが異なります。法人事業所では、同一法人番号の全事業所における厚生年金被保険者数の合計が基準です。
例えば、同一法人番号の本社に15人、A支店に15人、B支店に15人、C支店に15人の厚生年金被保険者がいる場合、合計で60人(50人超)とカウントします。
ちなみに社会保険の手続は各支店分も含めて本社のみで一括して行っている場合でもA~C支店の被保険者数は合算します。
個人事業所の場合
個人事業所では、それぞれの「事業所ごと」に判断します。
例えば、A事業所に20人、B事業所に20人、C事業所に20人の厚生年金被保険者がいる場合、いずれも50人を超えないため特定適用事業所には該当しません。
判定の際に注意すべき点
特定適用事業所の判定基準となるのは、あくまで「厚生年金被保険者数」です。
次のようなケースは、人数判定(カウント)に含まれません。
・今回の適用拡大で新たに被保険者となるべき短時間労働者
・70歳以上で健康保険のみに加入している方
「常時50人超」とはどう判定される?
「常時50人超」とは、厚生年金の被保険者数が直近12ヶ月のうち6ヶ月以上で50人を超えることを指します。ただし、新基準の施行日である2024年10月に限っては、下図のように2023年10月から2024年8月までの11カ月の各月のうち、5ヶ月以上で50人を超えていることを日本年金機構が確認した場合は、「特定適用事業所該当通知書」が10月上旬に送付されます。
施行日後は、例えば、2024年12月に判定する場合、2023年12月から2024年11月までの各月の被保険者数を見ます。この期間の6ヶ月以上で50人を超えていれば「常時50人超」とみなされます。そのため仮に2023年12月から2024年5月までの6カ月間で50人超で、2024年6月から11月の6カ月間では50人未満だった場合でも12ヶ月のうち6ヶ月間は50人を超えているので、「常時50人超」に該当します。
新規適用や合併時の取り扱い
新しく事業所を設立したり、法人間の合併があった場合はどうなるでしょうか。新規適用や合併の場合は、設立や合併時点で「常時50人超」となっていれば、特定適用事業所となります。例えば、厚生年金被保険者が40人の法人が2024年10月1日付けで同20人の法人と合併した場合は、その時点で被保険者数が60人になり、特定適用事業所に該当します。
特定適用事業所になったらどんな手続きが必要?
特定適用事業所に該当した場合、以下の2つの届出が必要になります。
- 特定適用事業所該当届の提出
- 新たに被保険者となる短時間労働者の被保険者資格取得届の提出
特定適用事業所該当届の提出
法人事業所の場合は、同じ法人番号を持つ全ての適用事業所を代表して、本店や主要な事業所を管轄する年金事務所に届出を行います。
個人事業所の場合は、各適用事業所ごとに、その所在地を管轄する年金事務所に届出します。いずれも、健康保険組合に加入している場合は、そちらにも届出が必要です。
被保険者資格取得届の提出
特定適用事業所となることで、新たに被保険者資格を取得する短時間労働者がいる場合は、その事業所ごとに被保険者資格取得届を提出する必要があります。法人事業所の場合も、各事業所ごとに行います。届出先は、特定適用事業所該当届と同じく、年金事務所または健康保険組合です。
届出期限
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特定適用事業所該当届:該当した日から5日以内に提出します。
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被保険者資格取得届:新たに被保険者資格を取得する短時間労働者が出た場合、その日から5日以内に提出します。
注意点
先述のとおり2024年10月1日の施行時点で年金機構が特定適用事業所に該当していると判定した場合は、特定適用事業所該当届の提出は不要です。また、11月以降も年金事務所が基準に該当した事業所に対して、「特定適用事業所該当通知書」が送付されます。
ただし、11月以降に「特定適用事業所該当通知書」が送付されるタイミングは、特定適用事業所に該当した月の翌月上旬となります。そのため、年金事務所からの通知を受けて被保険者資格取得届を提出しても、原則として1カ月は必ず遡及して社会保険料が発生する事態となります。その場合、新規に社会保険の適用対象となったパートさんの給与からは、初回に限り2カ月分の社会保険料を控除することとなります。ここは控除誤りが発生しやすいポイントですのでご注意ください。
このように年金機構から「特定適用事業所該当通知書」が届いてから、新規該当者の資格取得届を提出すると、給与計算が煩雑になったり社会保険料の控除ミスが生じやすいと想定されます。そのため、特定適用事業所の判定基準に該当した場合は、原則どおり自社判断で「特定適用事業所該当届」を提出しておく方がスムーズかと思います。
常時50人以下になったらどうなる?
いったん特定適用事業所に該当すると、その後に被保険者数が50人以下になっても、自動的に特定適用事業所から外れるわけではありません。外れるためには、次の2つの手続が必要です。
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被保険者の4分の3以上の同意を得る
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特定適用事業所不該当届を提出する
被保険者の同意は、被保険者の4分の3以上が所属する労働組合がある場合、その組合の同意を得る必要があります。労働組合がない場合は、以下のいずれかの方法で同意を取得します。
- 被保険者の4分の3以上を代表する者の同意
- 被保険者の4分の3以上の個別の同意
この際、同意を得るべき被保険者には、次の人も含まれます。
- 70歳以上で過去に厚生年金に加入していた方(ただし、現在の働き方が被保険者要件を満たす場合に限ります)
- 特定適用事業所への該当によって新たに被保険者となった短時間労働者
特定適用事業所不該当届の提出
被保険者の同意を得たら、特定適用事業所不該当届を年金事務所に提出します。提出方法は、特定適用事業所該当届の手続きと同じで、法人の場合は本店または主要な事業所から、個人事業所の場合は各事業所から提出します。
特定適用事業所から外れるとどうなる?
特定適用事業所から外れると、その結果として、特定適用事業所該当時に新たに被保険者となった短時間労働者は、基本的に被保険者資格を失います。この際、資格喪失届を提出する必要があります。特定適用事業所不該当日と短時間労働者の資格喪失日は、いずれも不該当届の受理日の翌日となります。
まとめ
社会保険の適用拡大に伴う手続きは、従業員数が50人前後の企業にとってグレーゾーンが多い部分があります。今回ご紹介したように、特定適用事業所に該当するかどうかの判断基準や、その後の手続き方法をきちんと整理しスムーズに対応を進めていだければと思います。
なお、社会保険の適用拡大は、単に法令遵守のためだけではなく、従業員の社会保障の充実という側面でも重要です。従業員が安定した社会保障のもとで働けるようになることで、労働意欲が向上し、企業全体の生産性や士気も高まることが期待できます。
反面、これまで配偶者の扶養範囲で働いていた人の場合、単純に社会保険料コストが増えるケースもあるため、労働時間を減らす選択をするパートさんもでてくる可能性があります。
いずれにせよ、今回の解説を参考に、特定適用事業所の該当確認から手続きの進め方、そして従業員の同意取得の方法までをしっかりと理解し、前向きに対応を進めていく必要があります。法令遵守はもちろんですが、ぜひ企業の成長をも見据えた労務管理を目指してください。