はじめに
みなさんの会社では、労働時間とそれ以外の時間の切り分けが明確になされているでしょうか。
例えば、始業前の準備、更衣、清掃、朝礼、休憩、移動など、労働かどうかの境界があいまいな時間で、しばしば労使間のトラブルの原因となります。従業員が「これは労働時間なのか?そうじゃないのか?」と疑問に思いながら動いている時間が多くなると、労使共に不幸な状況にむかいます。こうした時間のルールが不明確な職場では、従業員が「やらされ感」や閉塞感をもちやすくなり、結果的に職場全体のモチベーションや生産性を低下させ、離職率を高めてしまうリスクがあります。
この記事では、労働なのかどうかの境界があいまいになりがちな時間について、その判断ポイントと企業がどのように対応すべきかを解説します。企業と従業員が相互に納得できる働きかたの実現に役立てていただけると幸いです。
労働基準法における「労働時間」とは
労働基準法における労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」をさすものと解釈されています。これは、労働者が実際に生産的な作業を行っている時間に限らず、使用者の指示により準備や待機が義務付けられているといえるかどうかによって客観的に決まります。
つまり、雇用契約書や就業規則の始業・終業時刻の定めとは異なる時間であっても、その活動が義務付けられ、または拒否できない状況であれば、特段の事情がない限り使用者の指揮命令下に置かれたものと評価されます。
①始業前の準備・更衣・清掃・朝礼時間
始業前の準備や更衣、清掃、朝礼といった時間は、多くの職場でみられますが、これが労働時間に該当するか否かについては判断が分かれるところです。
労働時間に該当する場合
以下の場合、これらの活動は労働時間に該当する可能性が高いです。
・準備や更衣時間
例えば、就業規則や社内マニュアルで始業〇分前までには出勤し、準備をしておくことを義務付けている場合です。また、制服の着用を義務付けたうえで更衣は会社の更衣室で行うこととし、通勤時に制服の着用を禁止している場合、これらの時間は労働時間とみなされる可能性が高いといえます。
・清掃や朝礼
全員参加が求められる清掃活動や、欠席が許されない朝礼、つまり従わない場合や欠席に対して叱責や不利益処分がある場合も、使用者の指揮命令下で行われているとみなされ、労働時間となる可能性が高いです。
労働時間に該当しない場合
一方で、「清掃は自主的な行為であり、参加しなくても不利益はない」「朝礼への参加は推奨されるが任意であり、欠席しても評価に影響しない」といったルールが明確に周知されている場合や、更衣についても、「会社の更衣室を使用するか、自宅で着替えるかは自由」とされている場合は、指揮命令下にはないとみなされる可能性が高まります。
ルールの明確化が鍵
こうした時間を労働時間として扱う必要があるかどうかは、企業側がこれらの時間を義務化するのか、任意の時間とするのかの判断に委ねられています。
逆に、これらの判断が明確に示されず、あいまいな状態のままの運用では、従業員の不満や法的リスクを招く可能性があります。こうした微妙な時間におけるトラブルは、ひとえに会社がこの時間を義務なのか、任意なのかをルール化していないことに起因しています。
清掃や朝礼を業務の一環として行うのであれば、就業規則や雇用契約書でその義務を明記し、該当時間を労働時間として賃金を支払うべきです。
逆にそうでないのであれば「参加は自由であり、不参加による不利益は一切ない」という内容を明記し、従業員に周知し、必ず周知したとおりに運用することで、こうした時間に対する労使間のもやもやは解消されます。
効率的な運用の工夫も検討すべき
例えば、毎日全員で清掃を行う必要がない場合は、当番制を導入する等し、当番に該当した従業員には時間外見合いの手当を支給し、他の従業員には負担をかけない運用を検討することも有効です。
また、朝礼に代わる方法として、例えばグループチャット等を使って必要な伝達事項をメンバーに共有するというやりかたも検討できるでしょう。
②休憩時間
休憩もその与えかたにより、労使間でトラブルが生じることが少なくありません。
適切なルール設定を行わないと、従業員が休憩時間を実質的に取得できない状態となり、結果的に未払い賃金の問題や従業員の不満を招く可能性があります。
ここでは、休憩時間に関する注意点と適切な対応策について解説します。
労働基準法上の休憩時間の要件
労働基準法第34条では、以下の要件を満たす休憩時間を労働者に提供することが義務付けられています。
・労働時間が8時間を超える場合:1時間以上
なお、休憩は労働時間の「途中」に与えなければなりません。業務開始前や終了後にまとめて与えることは認められていません。ただし、数回に分割して与えることは認められます。
一斉休憩の原則と例外
法律上、休憩は事業場の全従業員に一斉に与えることが原則とされています。しかし、一斉休憩が難しい場合には、労使協定を締結することで例外が認められます。
例えば、労使協定によりA班とB班に分けて交代制で休憩を取るといった運用が可能です。
さらに、以下の一定の業種では、労使協定がなくても一斉休憩を適用除外とすることができます。
もちろんこの場合でも、法律で定められた休憩時間(45分または1時間)を個別に与える義務は変わりません。
・商業(同第8号)
・金融・広告業(同第9号)
・映画・演劇業(同第10号)
・通信業(同第11号)
・保健衛生業(同第13号)
・接客娯楽業(同第14号)
・官公署の事業
これらの業種に該当する事業場では、労使協定を締結せずとも、休憩時間を一斉に与える必要はありません。
休憩時間中の「自由利用」の原則
休憩時間は、労働者が自由に利用できるものでなければなりません。
「自由に利用できる」とは労働者の権利として労働から離れることを保障するものです。
そのため、例えば、休憩中でも突発的な電話対応や来客対応が求められる場合、それは休憩ではなく「手待ち時間」とみなされ、実質的に労働時間とされる可能性が高くなります。
休憩の適切な運用方法
企業が休憩時間を適切に管理するためには、以下の対応が必要です。
2.自由に利用できる状態にする
休憩時間中は労働から完全に切り離し、従業員が自由に利用できる状態を確保することが重要です。
一斉休憩が難しい業種では、休憩時間を班ごとに分けたり、当番制を導入するなども検討しましょう。
適切な休憩時間管理を怠ると、労務トラブルや従業員の不満、離職率の増加につながり、職場環境の悪化を招きます。一斉休憩除外協定を労使で締結し、休憩時間帯を明確に定めることで、法的要件を満たし、トラブルを防止できます。
<補足>
休憩時間は従業員が自由に休める前提であれば、事業場外に出る場合は会社の許可を求めることは認められます。
③移動時間
移動時間も、その状況によって、労働時間に該当するかどうかが異なるケースがあります。
ここでは、移動時間が労働時間に該当するか否かを判断するポイントと、企業が取るべき対応について解説します。
具体例と判断基準
具体的な状況を想定して、移動時間が労働時間に該当するかどうかを見てみましょう。
1.会社での準備を伴う移動
自宅から会社へ移動し、会社で作業や、社用車の荷物積み込みといった労働を行った後に現場へ向かう場合、会社で労働を行った後の移動時間は労働時間に該当します。これは、荷物の積み込みが業務の一環であり、その後の移動も指揮命令下にあるとみなされるためです。
ただし、この場合でも現場までの移動中に運転をせずに車に同乗しているだけの従業員については、移動中の時間を完全に自由に使える場合(例えば寝ていても注意されない等)は、労働時間とカウントしなくて良いといえます。とはいえ、拘束されていることには変わりありませんので、こうした場合は移動距離や時間に応じて一定の出張手当を支給するケースもあります。
2.自宅から現場への直行
自宅から直接現場へ向かう場合、自宅から現場までの移動は基本的に通勤時間とされ、労働時間には含まれません。ただし、移動中に業務指示があったり、業務に必要な準備を行う場合には、その部分が労働時間として認められる可能性があります。
3.社用車を使うためだけの出社後の移動
通勤後、会社の社用車に乗り換えて現場に向かう場合、単に社用車に乗るためのだけの出社であり、実作業がおこなわれていないのであれば、現場までの移動時間は通勤時間として扱われます。
または、複数の従業員が自主的に会社に集合して、特に作業等を行わずに社用車で現場に向かう場合も同様に通勤時間として取り扱われる可能性が高いといえます。以上をまとめると次の要素が揃っている場合、移動時間が労働時間に該当する可能性は低くなるとされています。
2. 移動中に従業員が会社の業務として打ち合わせや作業の指示を受けるなどの業務活動を行っていない
3. 移動手段や集合時間について、従業員間で自主的に決めており、会社からの具体的な指示や拘束がない
トラブルを防ぐためのルールづくり
移動時間を労働時間として適切に管理するためには、会社が明確なルールを定め、従業員に周知することが重要です。以下の対応を検討してください。
1.労働時間に該当する基準を明確化
「移動時間が労働時間に該当するか否か」を就業規則やマニュアルで具体的に示します。特に、準備を伴う移動や出張について、どの時点から労働時間が始まるのかを明確にすることが重要です。また移動だけであっても長時間の拘束をともなう時間については、出張手当等の支給条件を定めておくとトラブル防止となります。
直行直帰のルール化
現場への直行直帰が可能な業務については、その条件を定めたうえで直行直帰をルール化することで、従業員の負担軽減や効率化を図ることができます。
業務指示を行う場合は労働時間とする
移動前の資材の積み込み作業等の実作業が避けられない場合、または、移動中に業務指示を出す場合は、その時間が労働時間に含まれることを認識し、賃金支払いを適切に行います。
まとめ
始業前の準備、休憩、移動時間について見てきましたが、これ以外にも労働時間とみなすべきか曖昧な場面は少なくありません。例えば、研修や懇親会なども、参加が義務なのか任意なのかによって判断が変わります。このような時間の扱いで最も重要なポイントは、「義務」か「任意」かを明確にすることです。
企業としては、就業規則や業務マニュアルを通じて具体的なルールを定め、それを従業員に周知することが必要です。明確なルールは、労使間のトラブルを未然に防ぎます。労働時間管理のルールを分かりやすいものとし、従業員全員が安心して働ける職場を作ることが長期的には離職率の低下、強い組織への成長につなげていきましょう。