月額人件費「1人10万円増!」時代に備える最低賃金上昇対応

はじめに

今年も10月から最低賃金の大幅な引き上げが予定されています。多くの企業にとって今年は例年以上に賃金管理の見直しが必要となる重要な時期となります。
最低賃金の引き上げは、従業員の生活向上に寄与する一方、企業側には人件費の増加といった課題が生じます。
このブログでは、今年の最低賃金改定の概要を解説し、企業は具体的に何をチェックし、どのような対策を講じるべきかを順を追ってご説明します。
また、今後10年間に想定される人件費上昇の影響を見すえた長期的な対応方法にについて解説します。
本記事を読むことで、今後政府が進めようとしている大幅な最低賃金改定に適切に対応し、企業の競争力を維持するための実践的な知識を得ることができます。それでは次章から、今年の最低賃金の改定状況を見ていきます。

今年の最低賃金の改定状況

今年10月から全国で最低賃金が改定され、全国加重平均額が1055円と、昨年の1004円から51円の大幅な引き上げが行われました。昨年の大幅改定も大変話題となりましたが、今年はさらに加重平均額・上昇幅、いずれも過去最高を更新しました。こうした大幅な改定の背景には、物価上昇や国際競争力の確保が挙げられます。


各都道府県別では50円から84円引き上げられており、例えば福岡県では992円、東京都では1113円に設定されています。最低賃金は地域によって異なるため、自社所在地の最低賃金額を「地域別最低賃金の全国一覧」等を参照して正確に把握することがまず必要です。

最低賃金の発効日 = 適用開始日は都道府県ごとに異なりますが、発効日以降の賃金計算期間に改定後の最低賃金が適用されます。
例えば、福岡県では10月1日が発効日となっています。そのため、給与締切日が月末の企業の場合は、10月1日以降の計算期間に対応する給与に新しい最低賃金が適用されます。この適用の基準は「賃金の支払い日」ではなく「賃金計算期間」である点について理解が必要です。
(そのため、9月末で締めて10月15日に支払う給与については、支払日は発効日より後ですが改定前の旧最低賃金が適用されます)

最低賃金の改定時に企業としては、自社で支払っている給与が最低賃金を下回らないかどうかを必ず確認する必要があります。
次に給与形態別の最低賃金のチェック方法を確認します。

給与形態別の最低賃金チェック方法

1.時給制の場合

時給制の従業員については、支払われる時給額が直接最低賃金額と比較されるため、最も簡単に確認できます。例えば、最低賃金が992円の福岡県の場合、時給992円以上であれば、最低賃金をクリアしていることがすぐに確認できます。ただし、深夜手当や休日手当などの「所定外給与」は含めず、必ず支給される基本給部分のみで判断する必要があります。

2.日給制の場合

日給制の従業員の場合、1日の日給額をその日の所定労働時間で割り、1時間当たりの賃金額を計算して最低賃金と比較します。例えば、日給8,000円で1日の所定労働時間が8時間の場合、8,000円÷8時間=1,000円となり、福岡県の最低賃金992円を上回っているため適法です。日給の場合も深夜手当や休日手当などの「所定外給与」は含めず、必ず支給される基本給部分のみで判断する必要があります。

3.月給制の場合

月給制の場合、月給額を1ヶ月の平均所定労働時間で割り、1時間当たりの賃金を計算します。月平均の所定労働時間は、1年間の総所定労働日数と1日当たりの所定労働時間から算出します。例えば、月給200,000円で1ヶ月の平均所定労働時間が170時間の場合、200,000円÷170時間=1,176円となり、最低賃金を上回ります。
ただし、以下の3つの手当は最低賃金の計算対象から除外する必要があります。これらを含めず、基本給やその他の固定的手当のみを計算基礎とします。

・精皆勤手当
・通勤手当
・家族手当

4.歩合給制の場合

歩合給制の従業員の場合、給与計算期間中の総労働時間(残業時間を含む)で歩合給総額を割り、1時間当たりの賃金額を算出します。例えば、歩合給総額が198,200円で、その月の総労働時間が200時間の場合、198,200円÷200時間=991円となります。これが最低賃金を下回っている場合は不足分を支給する必要があります。

5.混合型の給与形態の場合

時給や日給制と月給制が混在している場合、それぞれの支給形態を別々に計算し、最終的に合算して最低賃金以上となっているかどうかを確認します。
例えば、基本給は時給で、資格手当だけが月ごとに固定額で支給される場合、その手当を月の所定労働時間で割って時間給に換算した金額を時給の基本給に加算することになります。
また、月給制と歩合給の混合型の場合、それぞれの時間給換算額を合算した結果、最低賃金を割り込んでいなければ良いですが、歩合給は月によって大きく変動することがあります。そのため、歩合給と固定給の混合型の給与形態の場合は、月給の固定給部分を最低賃金以上に設定する方が歩合給が下ブレした結果、誤って最低賃金を下回ってしまうリスクが少ないです。

6.最低賃金の適用地域

最低賃金が適用されるのは、労働者が実際に働く場所(就業場所)です。つまり、労働者が業務を行う地域の最低賃金が適用されます。たとえば、会社の所在地が福岡であっても、労働者が東京で勤務している場合は東京の最低賃金が適用されます。
一方で、リモートワークをしている労働者には所属企業の所在地の最低賃金が適用されるというルールがあります。
つまり、東京の会社に所属する労働者が福岡からリモートワークをしている場合でも、所属する会社の所在地である東京の最低賃金が適用されます。

今後10年間の人件費の変化

今後企業が直面する最大の課題の一つが人件費の継続的な上昇です。政府は2030年代半ばまでに最低賃金を全国平均で1,500円に引き上げる目標を掲げており、毎年40円から50円程度の引き上げが見込まれています。

増加する人件費の試算

最低賃金が上昇すると、企業が負担する人件費も大幅に増加します。現在の全国加重平均額1,055円で、月の平均所定労働時間を170時間と仮定した場合、1人当たりの月額給与は約18万円です。しかし、最低賃金が1,500円になれば、同じ条件で月額給与は約25万5,000円に跳ね上がります。これは、1人当たり月額で約7万5,000円の増加に相当し、年間では約90万円、従業員10人規模の企業では年間900万円もの追加コストが発生します。
さらに、人件費には社会保険料(ここでは厚生年金保険・健康保険・雇用保険・労災保険をいいます)も加算されます。社会保険料の事業主負担率は、賃金に対して16.07%前後で推移しています。当然ながら、最低賃金の上昇に伴い社会保険料の負担額も増加します。したがって、実際の人件費増加額は、基本給の増加分に社会保険料を上乗せした金額としてみる必要があります。その結果、1人当たり月額で約10万円の増加に相当し、年間では約120万円、従業員10人規模の企業では年間1,200万円もの追加コストが発生します。これは社会保険料率が現在の水準で変わらない前提ですので、かなり控えめな試算となります。

最低賃金上昇以外の要因による人件費増

最低賃金の引き上げだけでなく、その他の要因も人件費増加を促進します。例えば、2024年10月からは従業員規模50人以上の企業で週20時間以上働く等、一定要件の満たすパートタイマーが被保険者の対象となる社会保険の適用拡大により、企業が負担する社会保険料が増加します。この流れは今後も続き、近い将来には全事業規模でパートタイマーの社会保険加入が義務化されることがほぼ決まりつつあります。
加えて、労働力人口の減少が深刻化する中で、優秀な人材を確保するために採用時賃金の引き上げが必要になることも予想されます。競争が激化する採用市場では、他社より魅力的な条件を提示しなければ人材を確保できないため、結果として全体的な人件費の上昇を招く可能性があります。

長期的影響と対応の必要性

最低賃金の大幅引き上げが進むと、企業は単に最低賃金に抵触する従業員の賃金引き上げるだけでは対応が難しくなる局面が予想されます。例えば、賃金表を運用している企業では、最低賃金が改定されるたびに賃金表全体を見直す必要があります。賃金表は社員の勤続年数やスキル、経験等を考慮して作られるのが普通ですので、最低賃金の大幅改定により賃金バランスや社員間の公平性が崩れないよう、慎重な検討が求められます。


また、賃金構造の改定に伴い、賞与や退職金も見直さなければならない場合があります。一部の企業では、基本給を引き上げる代わりに賞与や退職金を減額することで対応する動きも見られます。しかし、これらは従業員の不満や離職率の増加につながるリスクもあるため、将来を見据えて十分な説明と理解を得る必要があります。
今後の人件費上昇は、企業経営全体に影響を与える可能性があります。特に、利益率の低い業種では、価格競争力を維持するために商品やサービスの値上げを検討する必要があるかもしれません。また、業務効率化や自動化の推進により、生産性を向上させることが強く求められます。こうした取り組みを進めなければ、人件費の増加を吸収することが難しくなるでしょう。

企業がとるべき対応

最低賃金の大幅な引き上げと、それに伴う人件費増加の影響を受ける中で、企業が競争力を維持し、持続的に成長するためには戦略的な対応が必要になります。
以下、具体的な対応策を解説します。

1.賃金管理

まず、企業は賃金体系全体を見直し、最低賃金の上昇に対応する必要があります。具体的には、既存の賃金表の最下位付近の等級が最低賃金を下回る場合、賃金表の改定が必要になります。その際、中堅やベテラン層とのバランスをどこまで保つのかの検討や調整も必要です。総額人件費が経営を圧迫する状況では、基本給の引き上げと同時に、賞与や退職金などの調整を行うことで、人件費管理を行う企業も増えています。特に中小企業では、賃金原資を再分配する工夫が求められます。

2.業務効率化

最低賃金引き上げは、業務プロセスを見直し、効率化を進める契機でもあります。以下の具体的な取り組みが推奨されます。

  • 業務の自動化・デジタル化:マニュアル作業や定型業務は、ITツールやAI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用することで省力化が可能です。
  • 無駄な業務を排除し、少人数で効率よく回る仕組みを構築することも検討しましょう。
  • 柔軟な働き方の推進:リモートワークやフレックスタイム制の活用は、効果的な運用を行うことで生産性を高めながら従業員の満足度を向上させます。

3.アウトソーシング

バックオフィス業務等を担う人材の採用難や人件費・教育訓練コストが高まるなか、アウトソーシングの活用は効果的な代替案となります。外部の専門化に業務を委託することで、人材募集・採用・育成にかかる時間と費用を削減できます。これにより、企業はコア業務に専念でき、業務効率化とコスト削減を同時に実現し、競争力の向上、社員が安心して働ける環境づくりにつながります。

4.助成金や補助金の活用

政府や自治体が提供する助成金や補助金を活用することで、最低賃金引き上げに伴うコスト増を軽減できます。たとえば、以下の制度が利用可能です。
業務改善助成金:賃金引き上げを行う中小企業に対して、設備投資費用などを支援します。
IT導入補助金:デジタル化を進めるためのツール導入費用を補助します。
これらの制度を積極的に活用し、経営資源の負担を軽減しましょう。

まとめ

最低賃金の急激な引き上げは、多くの企業にとって人件費増加という負担を伴いますが、同時に業務プロセスを見直し、生産性を高める好機ともいえます。
この変化を単なるコストの増加と捉えるのではなく、競争力を強化するためのステップとして積極的に対応することが重要です。業務の効率化、自動化、そして従業員のスキル向上に取り組むことで、長期的には持続可能な経営基盤を構築できます。また、助成金や補助金を活用しつつ、サービスや商品の付加価値を高め、価格に反映させることも必要です。
最低賃金の上昇は避けられない環境変化ですが、それを進化のチャンスと捉え、変化に柔軟かつ前向きに対応できた企業が、次の10年を乗り越えることになります。