奨学金返還支援制度を活用した人材確保・定着のススメ

はじめに

いま多くの中小企業が若手人材の確保に苦しんでいます。優秀な人材の採用と定着は企業成長のカギですが、労働条件面では、他社との差別化が難しくなっています。
そうしたなか、学生が企業えらびで「福利厚生」を重視する傾向が強まっています。マイナビキャリアリサーチラボの調査によれば、63.4%の学生が「勤務地・仕事内容・給料と同程度」に福利厚生についても強い関心をしめしています。企業も「仕事への意欲向上」や「定着率向上」を目指して福利厚生を重視しています。今後さらに人材不足が進むなか、魅力的な福利厚生制度の整備が差別化ポイントとなり得ます。
そこで現在注目されているのが「奨学金返還支援制度」です。この制度は、企業が従業員の奨学金返済を支援するものです。
日本学生支援機構(通称JASSO)の令和4年度調査によれば、大学生の約55%が奨学金を受けており、その返済が大きな負担となっています。こうした状況を受けて、奨学金返還支援制度を導入している企業は年々ふえており、2024年6月時点で2,587社がこの制度を活用しています。
本記事では、奨学金返還支援制度の概要、メリット、導入方法、注意点についてくわしく解説します。

奨学金返還支援制度とは?

奨学金返還支援制度とは、企業が従業員の奨学金返済を、手当支給または代理返還により支援する制度です。従来は、前者の手当支給、つまり、企業から従業員に対して給与に奨学金返済支援手当を上乗せする方法しかなかったのですが、2021年4月から「企業等から日本学生支援機構へ直接送金する」ことが可能になりました。この制度は、日本学生支援機構が貸与している第一種奨学金(利子なし)と第二種奨学金(利子あり)を対象として、企業が従業員に代わって奨学金の全部または一部を、企業から直接日本学生支援機構に送金するかたちで返済支援するものです。

奨学金返還支援制度のメリット

奨学金返還支援制度を導入することで、企業と従業員の双方にメリットがあります。

企業側のメリット

優秀な人材の確保

奨学金返還支援は、学生にとって魅力的な福利厚生となり、優秀な人材を獲得できる可能性を高めます。
大学生の奨学金利用者率は年々増加しており、一人あたりの返済総額の平均は300万円(日本学生支援機構「令和4年度学生生活調査」)を超えています。返済負担を軽減できる企業は、就職活動中の学生から高い注目を得ています。
また日本学生支援機構のHPには、制度を利用している企業名が公表され、地域や業種で検索することができるようになっているため、同業他社と差別化を図ることができます。

従業員の定着率向上

厚生労働省が公表している新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)によれば、新規大卒就職者の3年以内離職率は34.9%となっています。つまり3人に1人が3年以内に離職している状況です。企業が奨学金の返済支援をすることで、従業員の経済的な不安を解消し、仕事への集中力やモチベーションを高めることができます。その結果、従業員の満足度が高まり、企業への帰属意識や定着率向上が期待できます。さらには離職率の低減により新規採用コストや育成コストも削減効果が見込めます。

企業イメージ向上

奨学金返還支援制度は、社会貢献活動の一環として捉えられます。効果的なプロモーションやアピールを行うことで、企業イメージ向上に貢献し、若者の自立を支援する企業として、社会的な評価や企業価値を高めることもできます。

社会保険料や税務上のメリット

奨学金返済支援手当を給与に上乗せするのではなく、代理返還(企業が従業員に代わって奨学金を直接送金)する場合、その返還金は社会保険料の基礎となる標準報酬月額を算定する賃金に含まれません。そのため手当支給に比べて企業と従業員双方が負担する社会保険料を軽減させる効果があります。
また、従業員への奨学金返済支援にかかった費用は、損金として計上することができます。
また、「賃上げ促進税制」の対象となる給与等の支給額にも該当することから、一定の要件を満たす場合には、法人税の税額控除の適用を受けることができます。

従業員側のメリット

奨学金返済は、若手社会人にとって大きな経済的負担となります。企業の支援を受けることで、この負担を軽減し、生活の安定を図ることができます。また、代理返還制度では、企業が毎月直接返済してくれるため、自分の給与からの返済忘れや使い込みを防止することもできます。(支援要件が全額ではなく一部支援の場合は、従業員からも日本学生支援機構へ一部を返還します。)
経済的な不安を軽減することで、仕事や自己啓発に集中できるようになり、キャリア形成をスムーズに進めることができます。また、企業からサポートを受けることで、従業員は「会社に必要とされている」と感じ、仕事へのモチベーションを高めることができます。経済的な不安の軽減は、従業員の精神的な安定に繋がり、離職率の低下や生産性向上にもつながります。

返還支援(代理返還)の仕組みのイメージ

企業が従業員に代わって奨学金返済を行う仕組みを「代理返還」といいます。
代理返還では、企業が従業員の返済額の全部または一部を日本学生支援機構に直接送金します。

日本学生支援機構HPより引用

奨学金返還支援制度をはじめるには

奨学金返還支援制度を導入する場合は以下の流れですすめます。

制度設計

支援対象者、支援方法(手当支給か代理返還、またはその併用か)、支援額・割合(全額か一部か)、支給期間などを決定し、就業規則への規定を整備し従業員に周知します。
企業が福利厚生制度として実施する場合は、従業員に公平な機会を提供する必要がありますので、例えば、正社員だけでなく、契約社員やパート社員にも制度を適用するかどうか、契約社員やパートには労働時間等、どのような基準で適用するのかを検討する必要があります。また、適用対象を正社員に限定する場合は、同一労働・同一賃金の観点からその理由などを検討する必要があります。
なお、退職する場合や休職休業する場合の取扱いなども決めておくのが良いでしょう。その他就業規則に規定すべき事項については後述します。

運用体制の決定

担当部署や窓口を決定し、申請書類、申請手続きなどを明確化します。
奨学金の残額や返済に関することは従業員のプライバシーに関わるため、厳重な管理体制が必要です。
代理返還支援制度を利用する場合は、送金方法を「口座振替」か「払込取扱票」によるかを決める必要があります。なお、企業側が何らかの手違いで返済が滞納した場合でも、滞納の責任は従業員本人が負うことになります。そうなった場合、従業員は、クレジットカードの使用やローンの取得が困難になる等のデメリットが生じてしまうため、注意が必要です。

返還支援申請

代理返還支援制度を導入する場合は、日本学生支援機構に電話等で返還支援の申請を行います。
返還支援申請の大まかな流れは以下のとおりです。

日本学生支援機構HPより引用

就業規則の規定例

奨学金返還支援制度を導入する際は、就業規則に規定を設ける必要があります。
就業規則に盛り込む規定例としては、以下のような項目が挙げられます。

制度の目的
支援対象者(正社員のみとするか、その他の職分も含めるか、勤続年数要件など)
支援方法(手当支給型・代理返還型・併用型)
提出書類(奨学金の額、残高、返還計画等)
対象とする奨学金
返還支援額、割合
支援期間(開始と終了する時期など)
申請方法
休職時等の取扱い
規程改廃の方法
施行日

まとめ

奨学金返還支援制度は、人材不足の解消に効果的なだけでなく、従業員のモチベーションや企業イメージ向上にもつながる制度です。少子高齢化が進む中で、企業は優秀な人材を確保し、育成していくことが求められています。奨学金返還支援制度は、学生にとって経済的な負担を軽減するだけでなく、企業にとっては、将来を担う人材を獲得・育成するための投資といえます。
また、福岡県など一部の地方自治体では独自の奨学金返還支援制度や、企業への補助制度を設けている場合もあるため、制度導入を検討する際には、地方自治体の制度も合わせて確認することをおすすめします。
制度導入を検討する際は、本記事で紹介した内容を参考に、自社にとって無理なく最適な制度設計を行いながら、従業員にとって魅力的な職場環境を構築しましょう。