2024年4月から施行される労働条件明示ルールの改正とその影響

2024年4月1日から、労働契約を締結・更新する際に明示すべき労働条件についてルールが変更されることとなりました。
このルール変更により追加される内容は、①就業場所や従事すべき業務の変更の範囲の明示、②有期労働契約を更新する場合の基準(通算契約期間または更新回数の上限を含む)の明示等ですが、ここでは、就業場所・業務の変更の範囲の明示に限定して解説します。

労働条件明示ルールとは

労働基準法第15条には、労働契約を結ぶ際に、使用者が労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示することが義務付けられています。

明示が必要な事項は下表の1~14(労働基準法施行規則第5項)ですが、このうち、絶対的明示事項といわれる1から6の項目(昇給に関する事項を除く)については、書面を交付することによって明示が必要とされています。なお、7から14の項目については、ルールが定められている場合に限り明示が必要とされています。

補足
書面交付の方法については、2019年から緩和されており、労働者が希望する場合は電子メールやチャットを通じたPDFその他のデジタルフォーマットによる提供も可能となっています。「労働者が希望する場合」と、「いつでも印刷できる状態での提供」という2つの制約がある点には留意が必要です。

今回の改正点と対象となる労働者

今回の改正では、就業場所や従事する業務内容について「変更の範囲」の明示が新たに必要となります。この改正は、正社員、契約社員、有期・無期パートタイマーといった職分にかかわらず適用されます。そのため、2024年4月1日以降は、どのような雇用形態であれ労働者と新たな雇用契約を締結、更新する場合は対応が必要な改正といえます。

具体的な改正内容

これまで、就業場所や従事すべき業務については、雇入直後のことを明示していれば足りていました。ところが、改正後は雇入直後と将来の変更の範囲まで明示が必要になりました。

例として福岡市に本社と九州内にいくつかの支店がある企業の場合の、就業場所の明示について変更例をご説明します。
改正前は、就業場所を福岡本社とだけ記載していれば良かったのですが、改正後は雇入直後は福岡本社ですよ、変更の範囲は九州内の各営業所(具体的には〜)ですよ、というように将来的に可能性のある変更の範囲まで記載が必要になりました。逆に変更がまったくないという場合でも、変更の範囲の箇所を「変更なし」とか「福岡本社」というように記載する必要があります。

求人を行う場合にも明示が必要

今回の改正では、労働基準法施行規則第5項と同時に、職業安定法施行規則第4条の2も同様の改正が行われます。そのため、労働契約締結・更新時だけではなく、労働者の求人を行う場合にも、求職者に対して今回の改正内容をふまえた就業規則や業務とその変更範囲の明示が必要となります。

改正の背景と企業への影響

ここからはこの法改正の背景と、この改正が企業の人事労務に与える影響やその対策についてです。

これまで労働基準法では、労働契約の締結時に賃金、労働時間その他の労働条件を明示することが定められていましたが、就業の場所や従事すべき業務の「変更の範囲」についての明示までは求められていませんでした。
そのため、労働者にとって予見困難な職務や勤務地への変更が強いられる可能性があり、不安やトラブルの原因となることもありました。
今回の改正により「変更の範囲」を明示する義務を設けることで、労働者は自身のキャリアパスやワーク・ライフ・バランスを計画しやすくなり、労使間における労働条件の透明性が増すことが期待されています。
また、当初の変更範囲を超えた変更が必要なときには、労使間における「合意」が促され、労働関係の安定に寄与し、職場の満足度や生産性の向上が期待できるものとされています

今までは、転勤や配転、出向については、労働者の同意をとる必要はなく、ある程度人事権を行使することによって社員を動かすことができました。
ところが今後は、労働条件通知書や労働契約書に記載されていなかったり、変更範囲を超えた就業場所への配属や配転をさせる場合は、改めて書面で明示をすべきだということになります。その場合も労基法上はただ明示すれば足りますが、労働契約法上は個別同意が必要になります。
つまり労働契約書に記載されてる範囲外の仕事については、個別にそのつど、あらためて同意が必要になるという解釈になります。そうなった場合、会社としては人事権が制約され、従業員側は最初の雇用契約書に記載されていない内容については拒否できる、と極端にいうとそういう話になります。これはかなり企業実務に影響が出てくると思います。

配置転換の限界による解雇も?

事前に合意していた内容以外で配置転換が難しくなると、他にも想定されることもあります。何らかの理由により合意した職種で仕事ができず、本人も職種変更に合意しない場合は、引き受け場所がなくなるという問題です。
これまでなら、配置転換や子会社等への出向も就業規則にルールを定めたり労働協約を締結しておくことで、一定の制約はあるものの本人の同意なしにできていました。
今後は、本人が拒否した場合は、人事権の行使が制限されます。そうなると会社としてその社員を置いおておく場所がなくなるため、やむを得ず退職を勧奨し、従業員がそれに応じない場合は解雇するしかないという結論になります。

ご存知のとおり日本の裁判所は解雇に対して非常に厳しく、よほどのことがない限りは解雇ができません。しかし裏返せば、会社に対する幅広い人事権をみとめる代わりに、解雇回避努力を求めてきたわけです。最高裁判決でも本人の同意なしに出された片道出向命令を有効としたものもありました。今回、こうして労働条件明示ルールが変わった背景には、実は解雇規制の緩和に繋げようとしている可能性もみえてきます。つまり、今後は配置転換について合意が得られない場合の解雇が有効になるケースが増えのではないか、と考えるのが自然です。

採用にも影響を与える可能性

各種求人メディアに求人を出す場合や、自社に採用ページがあれば採用ページに掲載する求人条件の内容も変わってきます。
採用場所や職種については、求人募集の際に変更可能性として記載がなかった職種や勤務地については、原則として雇用契約の内容としてしてはならないというような行政通達がこれから出てくる可能性もあります。
少なくとも採用後のトラブルを防止するためにも、自社の採用ページに記載された求人条件の記載方法について一部見直しは必須になります。

ところで、最近のいわゆるZ世代は、同じ会社で定年まで働くってことを最初から想定していない層がかなりの割合で存在します。

例えば、就職した会社で自分が想定していた仕事とまったく違う仕事や、望まない勤務地だったという理由で短期離職するケースも増えています。特に優秀な若手ほど、いわゆる配属ガチャ、配転ガチャを嫌い、自分の希望する仕事ができず、スキルも身に付かないと分かったらすぐに辞めてしまい、しかもまたすぐに転職できる時代です。そうなると、そもそもこれまでどおりの人事ローテーションを想定した採用条件では新卒採用が難しくなります。

そうなった場合、中途採用を即戦力として業務を特定して採用し、結果が出せなければ配置転換ではなく退職勧奨か解雇に進めるしかなくなり、中途採用が増えてゆくことも想定されます。これは欧米のジョブ型に近い雇用のしかたです。

中小企業の対応策

そうなってきた場合、日本の雇用や、労使の意識もジョブ型に移行していく可能性がみえてきます。最近若手の人材確保、定着に必死の大企業では、配属ガチャ、配転ガチャを少なくし、勤務地限定とか職務限定という雇用形態を増やす傾向にあります。そうしないと不本意な仕事を嫌う若手社員はどんどん辞めていき、高年齢層だけ残るといったいびつな人材構成にもなりかねないからです。

中小企業でもこれまでのように無限定な働き方だけではなく、正社員でもある程度働き方を限定した、限定正社員制度を導入する等、従来の枠にとらわれない人事制度を検討する時期にきていると思います。

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