定期健康診断受診中の転倒事故

今日は顧問先から会社内での事故について珍しい質問を受けました。
運送会社の敷地内で行っていた巡回健診バスによる定期健康診断中に起こった転倒事故についてです。
聞くところによると、採血の順番待ちのため並んで立っていた従業員が突然貧血を起こして倒れ、コンクリートに頭を打ち付けて流血の負傷を負ったとのこと。社長がすぐに病院に運んだそうですが、慌てた口調で「これは労災ですか?」との質問の電話でした。

結論として、労災ではありませんので健康保険を使って下さい。ただし健康保険協会に対して負傷原因の届出が必要になります。と回答しました。
業務災害は、労働者が労働契約に基づき使用者の支配・管理下にあり(「業務遂行性」)、災害が業務を原因として発生したものであること(「業務起因性」)が認定要件となります。

ところで、健康診断の実施と受診は、労働安全衛生法第66条により、会社と労働者双方に義務づけられています。

労働安全衛生法 第66条(健康診断)
1 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行わなければならない。
2~4項省略
5 労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし書き以下省略
したがって、健康診断時に起きた事故については、事業主の支配・管理下あると考えられるため、「業務遂行性」が認められます。
では、「業務起因性」についてはどうでしょうか。
そもそも、健康診断は「一般的な健康の確保を図ることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行われるものではない」と解釈されています。
そのため、健診に要した時間に対する賃金は必ずしも事業者が負担すべきものではなく、労使協議で決めて定めるべき、とされています。
健康診断の受診に要した時間についての賃金の支払い
労働者一般に対して行われる、いわゆる一般健康診断は、一般的な健康の確保を図ることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行われるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではなく労使協議して定めるべきものであるが、労働者の健康の確保は、事業の円滑な運営の不可決な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましいこと。

(昭和47年9月18日基発602号)

よって、健康診断受診中は使用者の支配・管理下にはあるものの、業務には従事していないため、業務起因性は原則として認められないということになります。
ただし、例外として事業場の設備・施設や管理状況などに原因があった場合は、業務起因性が認められる可能性はあります。

例えば、貧血で倒れたところに資材が散乱しており、その資材に当たって負傷してしまったような場合です。
行政通達には、看護師が外来診察室で患者の検査を介添中、突然脳貧血様症状を起こして後方に転倒し、80㎝後方に置いてあった鉄製の手術台で後頭部を打ち負傷(脳震盪)した事案について、

負傷事故の間接的原因である脳貧血様症状は私病であるが、業務遂行中、その作業環境・条件により特に業務危険がともなうものであるとはいえない場合であっても、その負傷事故に事業所の施設が介在している以上業務上の災害である。

(昭和41年10月3日基災収86号)

と労災と認めたケースもあります。
ただ、今回の質問のケースでは特にそのような事情も見当たらないため、冒頭の結論・回答となった次第です。

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