労働基準法に違反した場合にはさまざまな罰則があることは、多くの経営者が承知していることと思います。例えば、2019年4月から改正労働基準法により、新たに10日以上の有休が付与される労働者に対して、使用者は時季を指定して少なくとも5日の有休を付与する義務が課されました。これに違反すると違反者1人あたり罰金30万円が課される、ということに困惑した経営者も多かったと思います。
ところで、監督署の調査でこの5日付与義務が1日でも足りていないと、罰金30万円は本当に課されるのか?、という質問が多いので解説したいと思います。
労働基準監督官(監督官)は、労働基準関係法令違反について逮捕、捜索、尋問、差押えなど、警察官と同等の特別な権限があたえられています。ただ行政官である監督官は刑罰を科す権限はありません。刑罰を科すかどうかを決めるのは裁判官であり、裁判を行うかどうかは検察官が決めるものだからです。つまり労基法違反を摘発しても、監督官にできるのは書類を検察庁に送るという手続(書類送検)により、司法分野に引き継ぐところまでです。
ところがこの書類送検は、大量の証拠書類を揃え、稟議書をつくり、労働局内での決済をうけてようやく送検という非常に手間のかかる作業です。日本に監督官は約3200人ほどいますが、実際に臨検にあたる監督官はこのうちの3分の2(約2100人)以下といわれています。全国には約428万の事業場がありますので、監督官一人当たりに割りふると約2000事業場となります。
また、年間の監督対象事業場は16万事業場とされていますので、1年のうち全事業場の約3.7%が監督署の調査対象となっていることになります。このうち違反が見つかったのが約11万4千事業場、さらに書類送検された事案は966件と0.8%とされています。(いずれも平成27年)
つまり、現実問題として全ての労基法違反について書類送検するような手間はかけられないのです。もし本当に全ての労基法違反を送検していていたら、監督官が過労死してしまうでしょう。また、書類送検されても事業主が反省し改善が見込めると検察官が判断した場合は、起訴猶予され罰金が課されないケースもあります。そのため、労基法違反で罰金が課されるケースというのは極めて悪質なものに限られるという認識でよいと思います。
労基法違反に罰則があるのは事実ですが、その罰則を受ける事案は非常に稀であることが分かります。もちろん、だからといって労基法を軽視して良いということではありません。労基法を守れない会社は、良い人が採用できない、定着しない傾向がここ数年の人手不足でますます顕著になっています。それは企業の競争力低下をまねき、長期的には廃業リスクを高めます。
有休付与義務について考えると、1日8時間労働の企業が5日の有休付与により減る稼働時間は年間40時間です。一般的な企業の年間総労働時間を2000時間と仮定すると、40時間の稼働減は2%に相当します。つまり、働き方改革の初年度で国は、大企業、中小企業を問わず全企業に年間2%生産性を向上させるだけの企業努力を求めたということになります。
逆に言うと「2%の生産性改善もできない企業は市場から去って良い」という国からメッセージにも感じられます。
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